大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和59年(行ツ)35号 判決 1984年9月28日

京都府長岡京市今里南平尾五番地の一

上告人

北村康彦

右訴訟代理人弁護士

竹下重人

京都市中京区柳馬場通二条下ル等持寺町一五番地

被上告人

中京税務署長前田輝郎

右指定代理人

寺島健

右当事者間の大阪高等裁判所昭和五七年(行コ)第六一号所得税決定処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和五八年一二月一五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人竹下重人の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧圭次 裁判官 木下忠良 裁判官 鹽野宜慶 裁判官 大橋進 裁判官 島谷六郎)

(昭和五九年(行ツ)第三五号 上告人 北村康彦)

上告代理人竹下重人の上告理由

第一点 上告人主張の循環金について審理不尽の違法がある。

一、原判決はその理由の一の3(一〇枚目表)において、『もつとも、前掲岡田証人の証言によると、「原告の銀行帳簿を調査した際、原告の主張する循環金らしいものは存在した。」旨述べており、弁論の全趣旨に徴し、原告の主張する意味の入金(循環金)が絶無であるとは断じ得ず、むしろ、ある程度存在したであろうとの推測は可能であるが、右の入金について特定しうる資料はない。』と判示して、この点に関する上告人の主張を排斥した。

二、上告人は原審において、少くとも中央信用金庫円町支店における上告人名義の普通預金口座の出入金のうち循環金であるとするものを、日時、金額を特定して主張をし、証拠として甲第二四ないし二七号証(預金口座の元帳の写)の取調と上告人本人の尋問を求めた。

被上告人は右書証の成立を不知と述べ(被上告人またはその所属職員は右金融機関の店舗に臨場し、右書証の原本につき調査をし、その写を提出させたうえで本件課税処分をしたのであるから、訴訟に至つて右書証の成立を不知というのは不可解であるが)、裁判所は上告人本人の尋問を採用しなかつた。

三、しかしながら、上告人本人の供述によつて、右各書証の成立を明らかにし、そこにおける記号、日付、金額等につき逐一説明をさせたならば、少くとも中央信用金庫円町支店の普通預金のうち循環金について、その存在を証明し得たはずである。

この点について残存する唯一の証拠ともいいうる、上告人の申出にかかる前記証拠を採用しないままで『右の入金について特定しうる資料はない』と判断した原判決には審理不尽の違法がある。

第二点 貸倒損失について、法令違反の違法がある。

一、原判決は理由の一の4(一一枚目表)において、所得税法五一条二項にいう貸倒損失は、貸金等の全部又は一部の切捨ての場合を除き、『貸金等につき、その債務者の資産状況、支払能力等からみて、その全額が回収できないことが明らかになつた場合をいうと解するのが相当である、』と判示し、貸倒損失について上告人の主張を排斥した。

二、貸金等の債権につき、回収不能であることが確定し、または回収困難であるとして債権者自ら債権放棄をした場合、事業所得の金額の計算上は、そのような事実が生じた年においてその貸倒金額を必要経費に算入することが原則的な処理ではあるが、本件のように税務署長による課税処分の時期が大巾に遅れていて、貸付金の債権がその弁済期において、既に客観的には回収不能であつたことが、課税処分のための調査実施時期には判明しているような事例においては、その課税処分においては、その回収不能額の必要経費算入を容認することが、所得税は現実の収入を基礎として課税され、税額は現金で徴収されることとなつている所得税法全体の趣旨に合致する、というべきである。

三、上告人は、第一審において、従前主張していた貸倒損失一覧表の内訳について、各弁済期において回収可能と認められたもの、訴外北村益美によつて横領されたもの等を特定し、これらを貸倒損失の主張額から除外し(昭和五六年六月五日付準備書面)、上告人本人の供述によつて、その余の貸金等が、その支払時期において、客観的には回収不能のものであつたことを明らかにした。

したがつて、上告人の主張する貸倒金につき全く必要経費算入を認めない原判決は所得税法五一条および二七条に違反するものである。

第三点 必要経費となる退職金の額の認定にあたり、経験則に反し、かつ審理不尽の違法がある。

一、原判決はその理由の一の5において、上告人の営む金融業に従事した訴外北村益美および同北村敏雄の在職中の貢献度が顕著であつたこと、したがつて同人らが、特殊な事情によるものであるとしても退職金なしで退職した、とは認め難いことを、正当に判断しながら、上告人主張の支給額は著しく過大であるとして、排斥した。

二、さらに退職金の『相当額を客観的に特定しうる資料のない』ことを自認したうえで、国家公務員退職手当法四条、七条に準じて、本件において必要経費に算入すべき退職金の額を認定した。

しかしながら、右国家公務員の退職手当支給額は、各公務員について特別の貢献の有無を考慮することなく、平均的なものとして算定されるものである。訴外北村益美および同北村敏雄の貢献度が顕著であることを認めながら、適正な退職金の額の認定にあたり、単純に前記法条の定めるところに準ずべきである。とした原判決は、民間企業において特別の貢献をした者の退職金は、そのような事実のない者の退職金に比較して多額となる、という経験則に反するものである。

三、原判決は、『右両名に退職金として各四五〇〇万円を支給したとの原告の主張は、到底認の得ない』(一四枚目表)と判示するが、上告人が無記名定期預金で四〇〇〇万円ずつ、現金で五〇〇万円ずつ、合計四五〇〇万円ずつを右両名に支払つた、または強取されたという上告人の主張そのものは否定していない。

もし上告人が右両名に交付した金額が、退職金の額としては過大であつて、その金額を必要経費に算入することはできないものであるならば、その支給金額のうち必要経費に算入する、とを相当とする金額(逆に言えば支給金額のうち過大退職金の額として必要経費に該当しない部分の金額)は課税庁たる被上告人の主張・立証すべき事項である。

原審裁判所が、『右の相当額を客観的に特定しうる資料のない』ことを自認(一四枚目裏)しながら、その点について被上告人に釈明・主張・立証も求めなかつたのは、審理不尽の違法がある。

第四点 雑損失について審理不尽の違法がある。

一、原判決別表六記載の金額は、訴外北村益美および同北村敏雄によつて横領もしくは強取されたものであるから、上告人の昭和四六年分の事業所得の金額の計算上これを必要経費の額に算入すべきである、という上告人の主張に対し、原判決は『原告は益美に対し、別表六記載の各債権につき、返還請求権ないし損害賠償請求権を有するから』、右損失は所得税法七一条所定の雑損失に該当しない、と判示した(一九枚目表)。

二、また、上告人が訴外北村益美および北村敏雄に交付した金員が、退職金としての必要経費算入が認められないならば、雑損失として必要経費に認められるべきである、という上告人の主張に対しても、『当然その同額について損害賠償請求権を取得した』から、必要経費に算入すべきではない、と判示した(一六枚目裏)。

三、さらに右損害賠償請求権等が『客観的に回収不能が明らかになつた場合は、その時点の帰属年分の所得計算において、法五一条二項の貸倒損失として処理されるべきものである』と判示した(一九枚目裏)。

四、しかしながら訴外益美は、原判決も認定(一七枚目裏から一八枚目表)するとおり、劇薬「デカドロン」の常用による後遺症のため異常な精神状態であつた。

五、訴外益美の精神異常、常軌を逸した行動は昭和四五年以前からのことであり、同人が上告人から多額の退職金をまき上げた昭和四五年の年末および多数の債権証書等を横領または強取した昭和四六年春ごろ以降は益々凶暴・執拗となり、上告人が損害賠償あるいは返還請求をしようとすれば、上告人の事業の経営が不可能となるだけではなく、上告人およびその家族の者の身体・生命に危険が及ぶことは明らかであつた。

このことは、上告人の第一審における供述によつても推認されうるところであるが、上告人は、さらにその点を明らかにすべく原審において甲第一四号の一ないし二一(関係者との電話による応答の速記録)、証人植田菊次郎、同北村敏雄、同北村操子ならびに上告人本人尋問の申出をした(昭和五八年四月二八日付証拠申出書)。被上告人は右甲号証の成立は不知と述べ、原審裁判所は右各人証を採用しなかつた。

右各証拠の取調が行われたならば、訴外北村益美の異常な凶暴さのため、上告人の同人に対する返還請求もしくは損害賠償請求は客観的に行使不能であつたことが明らかになつたのである。

納税者はその生命を賭してでも債権の回収を試みなければ、それらの債権の貸倒損を認めない、という程に税法の精神は苛酷ではないはずである。

上告人の申出にかかわらず前記の点について審理をしなかつた原判決には、審理不尽の違法がある。

第五点 雑損失の判断に際し、所得税法七一条に違反する。

一、原判決は、横領、恐喝等の被害者は、相当額の損害賠償請求権を取得するのであるから、『右返還請求権ないし損害賠償請求権の行使が、事実上可能かどうかを論ずるまでもなく、原告の主張は理由がない』(一九枚目表)と判示した。

しかしながら、不法行為によつて被害を受けた者が、何びとに対し如何程の損害賠償請求権を有するかを確知することは容易ではなく、それを確知し得る時期も、被害を受けた時と同時ではないことが多い。さらに不法行為による事業上の損失が同額まで補填されることも稀であることは裁判所にも顕著な事実であろう。

であるとすれば、所得税法七一条所定の雑損失が生じているか否かについては、損害賠償請求権との両建を強制することなく、不法行為による損失額を雑損失の額とし、損害賠償請求権の行使により賠償額が確定したときまたは現実に弁済を受けた時に事業所得計算上の総収入金額に算入すること(東京高裁昭和五四年一〇月三〇日判決、シニトイエル二一六号一二頁)が継続企業の経理方法として最も適切である。

したがつて、原判決は所得税法七一条に違背する。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例